衆議院が解散されると、議場には「万歳!」が響き渡る。
普通に考えれば、全員がその場で職を失う瞬間だ。
それなのに、なぜか祝賀ムード。
会社でいえば「今日で部署ごと解散です!」と言われて、拍手が起きるようなものだ。
かなり不思議な光景である。
クビになるのは「議員」だけ
衆議院が解散された瞬間、
衆議院議員という肩書きは消える。
議員バッジは外し、
法律上は「ただの人」に戻る。
…はずなのだが、
ここで話は終わらない。
総理と大臣だけは、なぜか続投
一方で、総理大臣や国務大臣は、
何事もなかったかのように仕事を続ける。
議員ではなくなったのに、
行政のトップではあり続ける。
この状態を、「職務執行内閣」と呼ぶ。
要するに、「とりあえず今の人たちで回しておいて」という期間だ。
「無職の総理」が生まれないための知恵
なぜ、こんなややこしい仕組みなのか。
答えは簡単で、
もし解散と同時に内閣も消えたら、
日本はその瞬間、リーダー不在になる。
- 災害が起きたら誰が指示を出すのか
- 外交トラブルは誰が対応するのか
さすがにそれは困る。
だから憲法は、
「次の総理が決まるまで、今の人たちは責任を取って続けなさい」
と決めている。
議員じゃないのに、大臣でOKという謎ルール
本来、日本では
大臣の多くは国会議員でなければならない。
それなのに、解散後は
「元・議員」が大臣として居座る。
理屈としては少し無理があるが、
国を止めるよりはマシ、という判断だ。
法律はきれいでも、
政治は現実優先で動く。
選挙期間中の内閣は「現状維持係」
この期間の内閣は、
大きな決断はできない。
新しい政策?
大型予算?
もちろん無理。
できるのは、
- いつもの行政
- 緊急時対応
- 外交の最低限の挨拶
いわば
「何も起こさないこと」が仕事の内閣だ。
見た目は大臣、中身は候補者
面白いのはここからだ。
解散後の総理や大臣は、
- SPに囲まれ
- 大臣車で移動し
- 会見では「総理」「大臣」と呼ばれる
その一方で、
地元では普通に選挙カーに乗って
「お願いします!」と頭を下げる。
権力者であり、挑戦者でもある
という、なかなかレアな立場になる。
万歳する理由を、少しだけ想像してみる
衆議院解散の「万歳」は、
国民のためというより、
政治のリセットボタンに近い。
- 都合の悪い議論を流せる
- 空気を切り替えられる
- 責任を「選挙」に預けられる
だからこそ、
あれだけ元気に万歳が起きるのかもしれない。
解散ニュースを見て、冷めた目になるのは普通
「どうせ何も変わらない」
そう感じる人が多いのも無理はない。
だが一方で、
この“奇妙だけどよくできた仕組み”があるから、
国は止まらずに回り続けている。
皮肉だが、
日本の政治は
一度全部壊したように見せて、何も壊さない
という芸当が得意だ。
次に「万歳解散」を見たときは、
その裏で続く静かな行政の現実も、
少しだけ思い出してみてほしい。


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